キリキリマイマイズ

あなたの街のロッケンおにいさんたち。 愛すべき「キリキリマイマイズ」のブログ。
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僕とロック5
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僕とロック4
キリキリマイマイズ ダイサク

ライブについて。
生まれて初めて行ったライブコンサートは中学生の頃だったか。
SPEEDの仙台公演でした。
行ったといっても親戚の兄さんに無理やり連れて行かれたってのがほんとで。
個人的には興味のカケラも無く。
したがって面白くも何ともなかったのでした。

2回目は大学生の頃、当時HIPHOPにハマっていたので、S?WORDというラッパーが秋田に来たときに見に行きました。
会場9時で、本人のライブは11時開始。
というかそんなんならちゃんと本人が出る時間を明記しなさい。と密かに思う。

3回目は同じく学生の頃、これまたHIPHOPイベントに単身乗り込む。
が、またしてもお目当てのライブ開始までに2?3時間待たされる。
クラブイベントは会場から2?3時間後が本番、ということを知る。

CDと同じ声、同じ音楽が目の前で!
って状況なのに、なぜか熱狂できない自分が不思議。
でもなんか物足りない、満たされない感があったのです。
上記のライブ、3回とも音源を再生して歌を乗せるライブだったわけで。

時を同じくして大学の学祭やら何やらでロックバンドサークルの演奏を見る機会が度々あった。
聞けたもんじゃない演奏や、ミスった演奏、もちろんバッチリ決まったライブも色々あったが、それまでに見てきた“プロのライブ”よりもよっぽど熱狂できた。

プロのカラオケライブよりもアマチュアの生演奏のほうが、僕は熱狂できるようです。
生演奏から生み出される生音は最高ってことです。

写真は説明の必要も無くアメリカンプロレスWWEのスーパースターTHE ROCK様。
彼の天性のエンターティナー性はプロレスという枠を超え、ハリウッド映画への出演も多数。
有名なところで「ハムナプトラ」シリーズへの出演は最早常識であろう。
また、スピンドル作品として彼が主演をこなす「スコーピオン・キング」も観ておこう。
20071120daisaku
僕とロック3
20071113daisaku
中学の学園祭でドラムの魅力にやられてしまった僕。
楽器屋さんでとりあえずドラムスティックだけ購入し、ハイハットの代わりに枕、スネアドラムの替わりに少年ジャンプを用い、何ちゃってドラムを続ける日々。
時に家族から「うるさい!」と怒鳴られ、スティックだけのエアドラムでなりきりドラマー。
エアドラムで何度“エアドラムまめ”を破いたことか。
切ない&可哀想すぎる過去である。

思えばそれが16歳ぐらいの頃。
そして初めて生のドラムに触れたのが19歳のこと。
今、25歳。

イメトレ暦3年
生ドラム暦4年!

どうやらやっと、僕のドラム人生はイメージ暦を越えたようです。

写真はもはや紹介するまでも無くWWEのスーパースター
THE ROCK 様が、必殺技「ロックボトム」を放つ決定的瞬間。
これが決まると解説者が「ロックボトム!ロックボトム!ロックボトム!」と絶叫する。
サッカーで言うと「ゴーール!ゴールゴールゴルゴルゴール!」的なノリなのだ
僕とロック2(ダイサク)
僕とロック2
キリキリマイマイズ ダイサク

音楽の授業は嫌いだった。
音符が読めない、ピアニカ弾けない、リコーダー吹けない。
周りよりも声変わりの時期が早かったので歌もうまく唄えない、といった苦い思い出しかない。

嫌いというわけでもなく、好きでもなく。
音楽は「授業で教えられるもの」でしかなかった。

中学3年生の文化祭で、周りの友人グループがバンド演奏をすることになった。
友人たちは僕とは違って、布袋やBOOWYに熱狂する健全なロック少年たちだった。


今思えば、なぜそんな友人グループの中に僕が入ってたのだろうか。
ともかくそんな彼らの練習を見に行ったりしているうち、楽しそうに練習する彼らに混ざっているうちに、音楽を楽しめるようになっていった。
文化祭のステージ上で観客の視線を受ける彼らを見て、音楽はかっこいい!と思えた。



その中でもドラムを叩くM君の姿は同い年ながら憧れてしまった。
ギター、ベースやピアノなどと違い、ドラムやってる、やれるヤツなんて同級生にはいなかった。
そんな中、彼はこのステージをやることが決まってから、その他のメンバーにドラムの練習を始めさせられ、2週間ほどでステージに上がったのである。
男気のあふれるやつだった。
あれを見たから、バンドはかっこいい、特に「ドラムはかっこいい」という観念が自分の中に出来てしまったのだろう。
彼らのバンド名は覚えていないが、間違いなく僕のバンド活動への入り口はあいつらだった。


写真はいうまでもなくWWEのスーパースター ザ・ロック
闘争民族として名高いサモア人の血を引く彼は、「パワーはあるが動きが遅い。要するに悪く言えばデブ。」という一般人のサモア人へ対する固定観念を覆し、引き締まった肉体と、観客を熱狂させる圧倒的なパフォーマンスによりWWEの頂点を極めた。

rock2.jpg

僕とロック
20071031105937
僕とロック
キリキリマイマイズ ダイサク

いろいろ聴きつつ、まず一番初めて“ハマッた”ロックバンドといえばルナシー。
ここからいわゆるビジュアル系ロックを、主にレンタルで聴きあさる。
エックスジャパン、マリスミゼル、ラルクアンシエルやらグレイ、ラクリマクリスティ、ソフィアもシャムシェイドも聴いてたなー。
その中でもザ・イエローモンキーはドつぼにハマッた。

ビジュアル系ロックも下火になった頃、ラジオを聴くようになった。
NHK FM 「ミュージックスクエア」。
ここ数年聴いてないけれども、高校時代は本当に聴いてた。
そしてこれをきっかけにしてザ・ピロウズ、プレ・スクール、ブランキージェットシティーを聴くようになり、ミッシェルガンエレファントや黒夢にはぐぐっとはめられることに。

同時期、高校の音楽好きの友人達の間で“インディーズ”が流行りだす。
休み時間に聴かされたブラフマン、ゴーイングステディ、スネイルランプには衝撃をうけた。
特にブラフマンの民族ロックと評される音楽には完全にやられた。
そしてこれらのバンド、当然ながらその後も活躍していくわけで、その成長振ぶりを楽しむのが「インディーズ」のリスナーとしての楽しみ方というのを知る。

まあ、基本的にミーハーです。

写真は言うまでも無くWWEのスーパースター ザ・ロック
必殺技は正面から相手を持ち上げ床に叩きつける「ロックボトム」
そしてリング上を散々走り回った後、その運動エネルギーを片ヒジの一転に集中させ倒れた相手に打ち落とす「ピープルズエルボー」であることはあまりにも有名でろう。
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